最初に感じたのは衝撃。
慟哭と拒絶、続いて激情―――身を焼き尽くすような、怒りと衝動。
ココロが力を持つのなら、全てを壊せるくらいの想いがあった。

けれど牢の中、一人になって感じたのは静寂。
冷たい現実が今更のように心に滑り込んできて…独りなのだと、思った。
認めたくないのに、拒絶できない。石畳の床よりも今、体温をうばってゆくもの。
さながらそれは、氷の刃のよう。


――――――――痛い。





空に溶け行く月の涙





藍染隊長をどう想っていたのか、問われても答えるのは難しい。
まず上司としては、申し分の無い方だと思う。
いつも優しくて、それでいて大切なものを見失わない方だった。
尊敬していたし、その下で働けるのがこの上無い誇りでもあった。

自分と隊長は数ある隊の中でも、穏やかな関係を築けていた方だと思う。
…他の隊のことを、そこまでよく知っているわけではないけれど。
それでもいつか異動があっても、生涯で最良の上司になるだろうと思っていた。

父親のように想う部分もあった。もしくは兄だろうか。
家族というものがあったならきっとこんな感じだろうかと、夢想したこともあった。
恋情に近いものも、あったのかもしれない。
側にいられたらと思っていた。
その気持ちについて、自分の中で追求した事はなかったけれど。

どう想っていたのか、問われても答えるのは難しい。
どの言葉も気持ちになぞらえるとひどく簡易で、
そんな言葉たちだけでは言い表せないものだったから。
ただ側にいられたらと思っていた。側にいられると、思っていた。
まさかこんな別れがあるなんて。
「…藍染、隊長……」
つぶやいた声に、応えは返らない。




それは今日の朝のこと。
藍染隊長を「発見」した、それは私にとってはあまりにも衝撃的なことだった。
激情のままに刀を抜いて、あまつさえ飛梅を呼んだ。
だからその後の拘置は、当然といえば当然の処置だとも、思う。

そうして今は、牢に放り込まれてただ一人。
冷たい石畳と石壁しかない部屋で、窓は高すぎて空以外の景色が見えない。
窓と逆側…入り口には鉄の檻。
例え隊長クラスの死神でも抜け出せないよう、特殊な仕掛けを施してあるらしい。
実際どうなのか試した事はないし、試そうとも思わないけれど…
とにもかくにもしばらくは拘束された身。
だから床に腰をつけて、止まらぬ涙もぬぐわぬまま、
ぼんやりと思い返していた。


最初に感じたのは衝撃だった。激情は熱く一時脳裏を焼いたけれど、
こうして捕われじっとしていれば、石畳から逃げる体温と共に
頭の中まで冷えていく。
それと同時に滑り込んできたのは、耐えがたい現実。

「……藍染隊長」
信じられない思いを抱いたまま、私はつぶやいた。
まさかこんな別れがあるなんて。
だってまだ、頂いたご恩を返していない。敵討ちすらできなかった。
「ウソです…こんな」
あなたのためにできることが、もう無いなんて信じられない。
声も笑顔も存在も、もう何処にも無いなんて、信じられない。
「嫌です、隊長」
だって昨日まで。あんなに近くに。なのにどうして?こんな…
「ひどい」
遠すぎる。静か過ぎる。冷たすぎる…たった独りで。冷たい牢のなか、たったひとりで。
「……イヤ、です…!」
こぼれる涙すら、独りのもの。
あぁ、私には隊長の思い出を話せるような、痛みを共有できるような相手も居ない。
どうして世界は、いつもどおりなのだろう。
貴方がいなくなったというのに。











泣いて泣いて、ひとしきりに泣いて。
そうしてやっと泣き止んで、少し。
涙が消えて気づいてみれば、とてつもなく目が痛かった。
腫れているなんてものじゃない。
視界がかすんでいたのは、涙のせいばかりではなかったのだと知った。
このままだと失明してしまうかな、なんて、心の片隅で考える。

別事に思いが向くのは、落ち着いて冷静になったからだろうか。
それとも単に、哀しむことに心が疲れて自然と逃げたのかもしれない。
ただぼんやりと宙を見ながら、やっと私は、周りのことに思いを巡らせた。
窓の外には、ただ高い空。青く澄んで、憎らしいくらい。



(吉良くん、どうしたかな…)
自分と斬りあった青年のことを考える。彼も自分と同様に、拘置されたはずだった。
近くには気配がないところを見ると、離れた牢に入れられたのだろうか。
彼と本気で斬りあう日が来るとは思ってもみなかった。
止められなければどうなっていただろう。
彼を傷つけてしまっただろうか。もしくは隙を突いて、敵討ちができた?
それとも散るのは自分のほうか。まるで、後を追うように。
(いっそそれでも、よかったのに)
けれど少なくとも、吉良くんを傷つけずに済んだことにはほっとする。
彼が傷ついて泣く人がいるのも、自分が泣くのも、
今の自分には耐えられない気がした。
ならば自分は、止めてくれた少年に、感謝すべきかもしれない。



(…日番谷くん…)
止めてくれた少年の背中を思い出し、ふと気づいた。
あの時本当は、制止させられたのは私たちの刀だけではなかった。
身体ごと縛り付けたのは少年の殺気。
激情に駆られた自分ですら、凍てつかせる威力を持つほどの。
あの一瞬、止められると同時に気配で縛られた…言葉よりも力よりも、強く。

(…日番谷くんも、怒ってたのかな)
いつも不機嫌な彼のこと、怒っているのは珍しくない(と思う)。
けれどあれは、明確な殺気だった。
誰に向けたのものかも判然としない。ただ、少なくとも自分ではないと思う。
多分吉良くんでもない。
自分たちは刀を止められて、それだけでなく他所へと向けられた殺意に押されて縛られた。
彼の激情は、何ゆえのものだったのだろう?藍染隊長への悼み、だろうか?

(それは、違うかな)
想像して、なんとなくそう思った。けれどそれではなんなのだろう。
彼が激怒した理由がわからない。
あの殺気、それにもかかわらず自分を止めた、その理由もわからない。

今ごろ、彼は何を思っているだろう。
僅かに陽の当たる部屋の隅に座り込んで、ぼんやりと彼のことを想った。
浅慮の自分に怒りを抱いているだろうか。
事後処理に駆け回って、自分のことは忘れているだろうか。
わからない。上手く想像できない。
(…昔は、もう少し日番谷くんのこと、わかっていた気がするんだけどな…)
わからなくなったのはいつからだろう。
そう思うと今更ながら、寂しさが募った。
いつのまにか彼もまた、遠いところへ行ってしまったんだろうか。

-----------牢の扉が軽くきしんで開いたのは、そのときだった。












中に入ってきたのは、丁度思い返していた日番谷くん、その人だった。
他に人を連れていないところをみると、こっそり会いに来てくれたのだろうか。
なのに何を言うわけでもなく、いつもの不機嫌そうな瞳でこちらをじっと見ている。

わたしも、何を言ったら良いのかわからなかった。
例えば怒られたなら、止めてくれたことを感謝できる。
自分の処断の報告であれば、今後の話だってできる。
けれどそういう気配でもなく、彼の瞳が何を言いたいのかわからなくて
ただじっと視線を返した。
涼やかに流れる、数拍の時。

不意に彼が、目をそらした。
何かを考えるように視線をめぐらせて…口を開き、何かを言いかけて。
しかしそれは言葉にならずに、再度訪れたのは沈黙。
もう一度視線があったとき、彼の瞳には見慣れない色が合った。
―――深く傷ついている、色をしていた。
そうして漏れた、囁くような声。
「……雛森」

一瞬息が、詰まった。それだけで、わかってしまった。
この人の声が柄にも無く、あまりに痛々しかったから。
理由はわからないけれど、日番谷くんも傷ついている。
哀しんでくれている-------その上で、私を気遣いに来てくれたのだと。

止まっていた涙がまたあふれだして、どうしようもなくて。
冷たい石畳の上、彼にすがりついてまた泣いた。
再び涙が止まるまでの長い時間、彼はただ黙って背中をなでていてくれた。
人のぬくもりはそれまでの孤独と、これからの孤独を強く認識させたけれど、
それ以上に癒されるものがあったのだと思う。
あぁ、私は独りじゃない。哀しんでいるのは一人ではない。
ひとりじゃないのだから、こんなところで諦めていては駄目なんだ。
涙の中で、そう決意した。

憤り、傷つき、許せないと思ってくれる人が他にも居た。
そのことが、思いのほか救いになると
私はこのとき、初めて知った。
だから大丈夫。
きっとできることがあります…藍染隊長、貴方のために。
ただ泣く事以外にもまだできることが、私にもありますよね。



もう少しだけ泣いたら、明日の事を考えよう。
日番谷くんにもお礼を言わなきゃ。
そんなことをぼんやり考えながら、私は泣きつかれてそのまま眠ってしまった。
おきてからまたいろいろあるのだけど、
それは、また別の話。






コメント えぇと…勢いで一晩で書上げました。
これで月曜日、102話で全然別の展開だったらギャフンですね。
まぁ所詮妄想ということで(アセ)

多分全然伝えられて無いと思うのでフォローを試みます。
何かをなくして打ちのめされてるときって、
同調できる人が居ないとどんどん沈んでいっちゃうと思うんですよ〜。
後追いとか色々後ろ向きに考えちゃうのも、こういうときかなって。
でも、同じように想ってくれる人が一人でもいると気づくと、
少し前向きになれるんじゃないかなぁと…一緒に戦うこともできるしね。
そんなわけで、桃ちゃんが特に寂しがりだとか、
日番谷くんを藍染隊長の代わりにしてるとかではぜんっぜんないつもりです!(汗)
ちなみに日番谷くんが怒りを覚えているのは桃ちゃんとはさっぱり別の意味ですが、
まぁそれはそれでいいかなーなんて(^^;そして敏感なようで鈍感な桃ちゃん。萌え!
↑妄想しすぎですか。そうですか。ガクゥ。

この話、日番谷くんサイドも考えてあるんですが、
形として出すかどうかは未定です。
もし出すならば、とってもとっても日番谷⇒桃になると思います。アハハ。
今度から、妄想暴走族でも名乗ろうかなァ…。
update:2003/09/11
written:水明 梨良(りーら)
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