それは唇から零れる、「恋」の色した風



  ため息





「最近、多いんじゃない?」

長い睫の下には、宝石のような眸。

肉厚で魅力的な唇の端を上げて、乱菊は華のように笑ってみせる。

「・・・・・・何が。」

上司である少年はまるで無関心を装って聞き返す。

「ため息。」

「は?」

「さながら恋の悩みってヤツかしら、思春期?」

「五月蝿い。」

『大人ぶっていると、ますます可愛いわよ』

以前そう云って抜刀までされた事を思い出して、『可愛い』は禁句だったと反芻しながら

乱菊は言葉をしまう。

5番隊と10番隊の副官が決まったのは、先の人事でのこと。

自分のところに来ると思っていた雛森は5番隊へ。

藍染のところへ行くだろうと思われていた乱菊は10番隊へ。

 ”人事部のバカ。最初は5番隊に配属されるハズだったのに。”

 ”・・・・・・・・危ねぇからだろ。お前が藍染に手ェ出しそうで。”

 ”あら、そうだったらもしかしてココの副官、桃ちゃんだったかもよ。”

 ”興味ねぇ。”

 ”でももっと危ない感じね、少年と少女なんて。”

 ”なんだよそれ!!!”

 ”あらら、真っ赤になっちゃって。いいわ、この恋、副官として私が応援してあげる。よろしくね、隊長。”

以来それとなく、日番谷の恋を影ながら見守っているつもりではある。

「今日はちゃんと挨拶した?」

「した。」

「また。適当にボソッと云って目逸らしたんでしょ。」

「っ!!なんで・・・・・。」

何で分かる、とでも云いそうな少年の態度に乱菊はくすりと笑う。

机に片肘をついて、すっと伸びた指先で自分の唇をなぞる。

相手が日番谷でもなければ、色香に迷うほど艶っぽいしぐさ。

「ため息。」

「は?」

「だから、ため息。

分かりやすいのよね、昨日も桃ちゃんが折角お礼云ってるのに隊長は仏頂面だし。

そしてその後、後悔してますとばかりの大きなため息ついて、分からないはずないでしょ?どう??」

「・・・・・・・・・。」

「でもね、ため息多いの、隊長だけじゃないらしいのよね、コレが。」

「何?」

「桃ちゃんよ。今朝、藍染隊長が言ってたんだけど。」

「雛森が?」

「桃ちゃんも思春期かしらねー、でも何だか心配じゃない??」

―――――隊長の所為かもよ。とは唇の一歩手前で止めておく。

「・・・・・・・・・雛森んトコ、行って来る。」

すっと立ち上がった少年の頬はまだ少し赤くて。

それでも隊長室の扉はぴしっと爽快な音を立てて閉まった。

「頑張って。」

誰もいない扉の向こうに呼びかける。

ふぅ、っと香るような細い息をついて、少々気だるそうに肢を組みなおす。

思うに――――――

ため息、というのは一種の症状なのだ。

「恋の病ねぇ・・・・・・・・・。」

日番谷の特効薬は桃でしかなく、自分のといえば――――

コツ、と控えめに扉を叩く音に思考を中断させられる。

「あれ松本君、日番谷くんは・・・・・・。」

「隊長なら可愛い桃の花のトコロ。」

「ああ、話してくれたんだね雛森君のこと。」

「ええ、 ”今朝” 貴方から聞いたなんて云っちゃってヒヤッとしたわ。」

「僕もさっき雛森君に ”隊長、今日はいい香りしますね?” なんて云われてドキっとしたな。」

目を合わせて、微笑みあう。

「――――あの二人が目敏くなくて助かるわね、お互い。」

「――――確かに。」

男の袖に腕を絡めて中に引き入れると、同じ匂いの香がふわりと薫った。

「さてあの二人、上手くいってるといいんだけど。」



5番隊の副官室は自分のところからかなり離れたところにある。

隊舎といえば、隊長である藍染の趣向を反映したように閑静な造り。

恋に気がつく前、あの頃は何の気兼ねも無く足を運んでいた桃の部屋はさらに簡素な感じで

―――――なんつうか、飾り気がねぇんだよな。

廊下を足早に歩きながら呟いてみる。

途中、すれ違った何人かの死神と交わした挨拶も上の空。

ようやく辿り付いた副官室の前で立ち止まると、一度、ゆっくりと息を吐ききって、戸を叩く。

「雛森ィ。入るぞ。」

自分で分かるくらい、少しだがうわずった声。

「おーい、雛森ィ。」

「・・・・・日番谷くん?」

おどおどとした声とともに、桃がすっと戸を開けた。

いつもはお団子に結っている髪が今日は三つ編みにされている。

くすんだ薄紅色の着物は春のような桃に良く似合っていて、不覚にもドキリと心が動いた。

「・・・・・・・あ、えーと、あれ?お前非番なの??」

「うん。日番谷くんは?」

「サボリ。」

「だ、ダメじゃないっっ!!!ほらぁ!早く戻りなよっっ!!!」

「いーの、乱菊公認だから。・・・・・入るぞ。」

「ちょっ!!ダメだってば!!!散らかってるんだからぁ!!!!!。」

「もう遅い。」

慌てふためく桃の隣をするりと交わして、部屋に上がりこむ。

「んもぅ!!その速さ、ズルいよぉ!!!。」

赤くなった桃の顔を横目で確認して、不躾だがにやりと笑ってみせる。

「しょうがないなぁ。お茶、いれるから待ってて。」

「梅こぶ茶。」

「はいはい。」

・・・・・可愛いじゃねーの。

ちゃぶ台に片肘をついて、手際よくお茶を用意する桃の後姿を遠慮なく見つめる。

乱菊なら、”若いくせに年寄りみたいな味覚しちゃって。” と茶化すところだろう。

お茶を持ってきた桃が湯飲みをコトリと置く。

「おっ、どーも。」

「あの・・・・・・・・」

あらためてちゃぶ台を挟んで自分の目の前に座った桃は何故か目を伏せて自分を見ない。

さっきまでじゃれ合っていた時とはまったく逆の気まずい空気。

「あの・・・・・・日番谷・・・・隊長、」

「日番谷。」

「あのさ、日番谷くん・・・・・・・・・私の事、怒ってる?」

「はぁぁぁ!!??」

「だって・・・・今日も挨拶してもぶすっとしてるし、昨日だって私が転んでばらまいた

書類拾いながら何か怖い顔してたし、一昨日は―――――、」

「雛森ィっ!!」

「はいっ!!!」

「ゴメン!!!!!!」

頭がちゃぶ台にぶつかるくらいの勢いで頭を下げた。

このぐらいの勢いをつけないと正直言えねぇ。

「・・・・・・・俺、雛森のコト困らせてばっかりだ。」

ちゃぶ台にくっつけたままの顔を上げられない、顔が赤いのも理由の一つ。

「日番谷くん・・・・・・。」

「なぁ、・・・・・・ため息多かったの俺のせい?」

「何で知ってるの?」

「乱菊。藍染が云ってたって。」

「だって心配だったんだもん。日番谷くん、・・・・・・私のことキライになっちゃたのかなぁって。」

言葉の最後は涙が少なからず混じっているのが見ないでも分かった。

昔から雛森はすぐ泣く。

でもそのうち半分くらいは俺が泣かしてる。

「・・・・・・キライなわけねーじゃん。」

顔を上げて雛森の泣き顔を見たら、なぜか自分も鼻の奥がツンとした。

「俺が桃のこと、嫌いなわけねぇ。」

「ほんと?」

「・・・・・・・・・本当。」

「よかったぁ。」

まったく、困ってても嬉しくても結局泣くんじゃね―の。

ふぅっと一つため息をつく。

これがきっと、最後のため息になるだろう。

それは唇から零れる、「恋」の色した風。

意を決して立ち上がって、雛森の手を取って、照れ隠しに引きずりながら扉へと向かう。

「ちょっ!!!ちょっと日番谷くんっ!!!!!」

「甘味処行くぞ、甘味処。」

「だって、今日お仕事なんでしょ!!!???」

「いーっつってんだろ。仕事くらい乱菊がする。」

「・・・・・・・じゃぁ奢ってよ。」

「そうくるかよ。」

繋いだ雛森の手は少しあたたかい。

「もうため息禁止。」

「日番谷くんもね。」

頬がかぁっと熱くなる。

「何で知っ!!!!」

「乱菊さんが云ってたの。

”たぶんそのうち駆け込んで謝りに来るだろうからその時は――――”」

「その時は?」

「へへへ。」

はにかみながら自分を見る雛森の顔も赤い。

「その時はね、にっこり笑ってほっぺにキスぐらいしてあげなさいって!!!!!」

「えっ??」

瞬間、熱くなった頬にやわらかい感触。

―――――唇?

「日番谷くん大好き!!っって、ちょっと日番谷くん!!」

・・・・・・不覚にも、頭に血が上って倒れるという事をこの日初めて体験した。



「あら、お目覚め?隊長。」

救護室と思われる部屋の寝台の隣には椅子に座った乱菊。

「俺、・・・・・何した?」

「鼻血吹いて倒れたところを桃ちゃんがココまで背負ってきたのよ。

大体、告白されてぶっ倒れるなんて、相当の大物よ隊長。」

「乱菊、テメー雛森に余計なこと吹き込むなよ。」

「あら、お陰でイイ思いできたでしょ?ちなみに桃ちゃん。」

乱菊がすっと指を伸ばし、隣のカーテンを指差す。

「隊長を運んできた後、隊長室の敷居に躓いて転んじゃって気絶中。」

「・・・・・・・ドンくせぇ。」

「お見舞いしてあげなさいよ。私は仕事に戻るわ。」

音を立てないようにドアを閉めて、乱菊は後ろ向きで手を振った。

部屋の中に戻った静寂を確かめて、薄い消毒剤の香りがする掛け布団をめくる。

気配を完全に消して隣のカーテンを開けると、雛森が寝ているのが目に入った。

近づいて、額にかかった髪を指で梳いてやる。

さらっとした黒髪は触れていて気持ちいい。

「礼くらい、しとかねーとな。」

そのまま彼女の額に、触れるか触れないかの口付けを落として。

もうつかないと約束したはずのため息を一度だけ。

「・・・・・寝ててくれてて助かる。」

乱菊がそうしていたように、寝台の横の椅子に腰を下ろして、コイツが目覚めるまで待っていよう。

そうしたら、意を決して言えばいい。

大体雛森が言えることが自分に云えないはずは無いと、決心を無理やり理屈で裏付ける。

「桃のこと・・・・・・すげぇ好き。」

ぽろりと口に出た本心を、目が覚めたら一番に聞かせてやろう。

悪態より、ため息より、口付けより先に。





コメント 最初は片思い系で書いていたのですが、思い直して両思いホノボノを目指してみました。 
ラブラブラブを書きたいのですが、少年少女には爽やかが似合うかなとも思います。
乱菊&藍染とは対照的な雰囲気を出したかったのですが、修行が足らず(涙)
今後も日桃な妄想を続けながら応援したいです。
update:2003/09/16
written:柚木
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