いつまで一緒に、いられるだろう。 いつまで一緒で、いられるだろう。 |
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終わる休日 |
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それはある晴れた秋の日の、お昼前。 普段きつく結ぶ髪を、この日は軽く結うだけにして部屋を出た。着ているのは私服。 ゆっくりとあるきながら、眺めた空は高くすがすがしく、気持ちがいい。 向う先は日番谷くんの住む、十番隊の宿舎。 今日はひとつき振りに、日番谷くんとお休みが重なった日だった。 昨日、どこからかそのことを知った日番谷くんが五番隊の詰め所に顔を出して 明日散歩に行こうと誘ってくれた。 時間や行き先はなにも決めていないけれど、それはいつものことなので気にしない。 いつからだったか忘れたけれど、 休日が重なった日には一緒に散歩をする習慣が、私と日番谷くんにはあった。 散歩とは文字通り「散歩」で、特別目的地の無いまま 夕方まで歩いたり、どこかで休んだりしながら過ごす。 話をしている事も有るし、ただ黙って歩いている時間もある。 そんな風に過ごす休日が、私は結構好きだった。 他の人と出かけるときは用があったり、行き先があったり。 それが、この日ばかりは本当に何も考えずに、ぼんやりできる。 昔からの付き合いになる日番谷くんと町を歩いて、変わったところ、変わらないところ、 同じように見えて少しずつ変わってゆく町と季節を 一緒に感じるのは、すごく楽しい。 日番谷くんがこの「散歩」をどう思っているのかは知らないけれど、 誘ってくれるのはいつも彼なのだし、きっと私と同じ気持ちなのじゃないかと思う。 坂道を登ると、そこはもう十番隊の宿舎。 彼は休日の朝はゆっくり寝るタイプなので、外で待ち合わせると遅刻するのだ。 それでいつのまにか、部屋まで迎えに行くようになった。 こんな風に坂を登るのも、もう何度目だかわからない。 呼び鈴を押すと、少し眠たげな日番谷くんが出迎えてくれた。 「やっぱり。さっきまで寝てたんだね」 「うるせぇな、休日は寝るもんなんだよ」 「そうかなぁ…私は休日は出かけたいな。今日は寝て過ごすの?」 一応聞くと日番谷くんは少し不機嫌そうな顔をして、それから言った。 「支度するから上がってろ。茶くらいは出すぜ」 これも、いつもどおりだ。そんな些細な事が、すごく嬉しい。 **** 部屋に来た雛森を出迎えて半時ほど。 近頃彼女が配属になった隊の話など聞きつつダラダラしていたら、 あっという間に昼になった。 仕方が無いので、食ってから出かけることにする。 早く町に出たい雛森は、不満顔だ。 「日番谷くん、いつもこうなんだもんなぁ。お昼の材料揃ってる辺り、確信犯ぽいよ」 「備え有ればって言葉しってるか?俺は常に数手分用意するべきだと思うぜ」 軽口を叩きつつ包丁を握った。 料理は大抵俺が作るが、雛森も何やかやと手伝おうとする。 いちいち口には出さないけれど、こういう時間が、俺は気に入っていた。 外で待ち合わせていきなり町に出るより、ずっといい。 雛森は、変化に敏感な奴だった。 それだけなら問題もないが、変化を喜ばないタイプだったからよくなかった。 知り合っていくばくかの頃の雛森は 日々の変化についていく振りをしながら、酷く疲労を貯めているようだった。 見かねて散歩に誘ったのは、いつの日のことだったか。 半日あるく事だけに時間を使って、気が向くままの話に付き合って。 夕日を見ながらやっとみせたコイツの笑顔を、俺はまだ忘れていない。 以来時々誘うようにしていたら、いつのまにか習慣になった。 あれからお互い、隊の重要な位置に就いたり知り合いも増えたりで 日々は変わっていったが、この習慣は変わらない。 変化しないものがあるという事が、何より雛森に安心を与えているのだろう。 彼女はかつてに比べて、見違えるように強くなった。 そうして彼女は、俺に対しても変わらない。 実力を認められるにつれ、周りの態度はよくも悪くも瞬く間に変わったが 雛森だけは違っていた。 意識的に変えないようにしているのではなく、多分本当に、 俺の役職や能力などどうでもいいのだろう。 それはあるいは、自身若年において副隊長を冠するほどの実力者ゆえの余裕かもしれない。 しかし雛森は、俺の事を子供扱いもしなかった。 年齢にも、能力にも影響されない関係をつくれる、それが雛森のいいところだ。 彼女が望むとおり、このまま変わらないでいるのもいいと思う。 ほんの時々、少し踏み出したい気がすることがあって そんなときは雛森の、 俺を呼ぶ声に滲む完全な信頼に、後ろめたくなったりもするけれど。 **** 日番谷くんが作ってくれた昼食は、すごく美味しかった。 私こんなに料理上手くないもんなぁ…と、少しだけ悔しくなる。 今度一人の休日は、料理の練習をしよう。 それでいつかビックリさせてやるんだから。 「オイ、そろそろ出かけないと夕方になっちまうぞ」 自分がダラダラしたくせに、なぜか最後はせかされて日番谷くんの部屋を出た。 最初に向ったのはススキ野原。もう秋だから、ということで。 「こういうところ見ると、秋だなぁって思うね」 「秋なら秋らしく、もう少し涼しくなってほしいよな」 ススキを摘みながら振り返ると、日番谷くんは赤とんぼに勝負を挑んでいるところだった。 とんぼの目の前に指を持っていき、くるくると指を回す。 さて、トンボは目を回すかどうか? いつもより不機嫌になった日番谷くんに笑いながら。 秋を自覚してみると、吹き付ける風はついこの間のものより 幾分冷たくなっているような気がした。 「秋が終わったら、もうすぐ冬なんだよね。日番谷くんの季節だね」 「なんでだよ」 「だって冷たそうなところが一緒…というのは冗談で」 一瞬殺気のこもった日番谷くんの瞳に、慌てて言い直す。 「ほら、名前名前。」 「あー…」 本気で気づいていなかったのか、日番谷くんは複雑そうな声を出した。 「俺としては、”日”の方に注目してもらいたいんだが」 「そういえばそっか。日番谷くんは冬の太陽なんだね。あったかそうでいいねぇ」 そういうと、彼は急に黙ってしまった。 顔はなにも変わっていないけど、多分照れているんだろうと思う。 日番谷くんはいつも不機嫌そうな顔だけど、 ほんのときたま年相応の反応をして、それがすごく嬉しい。 急に何を思いついたのか、日番谷くんがにやりと笑った。 「そういや、獅子でもあるしな。名は体をあらわすっていうよな、”雛”森?」 むっ。 **** 河に沿って土手を歩きながら、雛森の近況を聞いた。 知っている話ばかりだったが、努めて知らない顔をする。 情報通だとか、変なふうにかん違いされても困るしな。 雛森は新しい部署に配属になったばかりだったから 気負っていないか気にしていたのだが、どうやら要らない心配だったようだ。 やたら嬉しそうに、しきりと新しい上司の話をした。 側にいると落ち着く、というような事まで言う。 定例会で見かけた五番隊隊長を思い浮かべ、俺は面白くない気持ちになった。 そりゃ、雛森が新しい隊長と合わなくて、ツライ思いをするよりはいいけどな。 「そういえばね、他所の隊の副隊長さんと仲良くなったよ」 思いついたように雛森が話題を変える。 定例会で会話してみたら、「いい人」だったらしい。 勿論、近頃雛森が仲良くしているそいつの事も把握している。確かに、生真面目そうな奴だよな。 しかし次に雛森が発した言葉は、さすがに初耳だった。 「それでね、吉良くんの家の近くに、すごくキレイな紅葉の道があるんだって。今度見せてくれるって」 …………。 まったくドイツもコイツも、油断も隙もありゃしない。 雛森一人が、油断だらけ隙だらけ、だ。 「お前な」 「うん?」 「……」 言いかけた言葉の阿呆らしさに、結局俺は口をつぐんだ。 言ったってどうせコイツ、わかりゃしないし。 「なに?」 もう一度聞き返されて、俺は違う方向から攻めることにした。 「そんなに綺麗だってなら、俺も是非、見てみたいな」 「やっぱり?うん、じゃぁ今度吉良くんにお願いしておくよ。3人休暇が重なる日ってあるかなぁ」 ぎゃふんってな顔をした三番隊副隊長の顔が、見えた気がした。 ふん。 **** 日が沈む前に、日番谷くんは宿舎まで送ってくれた。 そのまま流れで上がってもらって、お茶を出す。 そろそろ寒くなってきたので、今日は熱いお茶にした。 日番谷くんは、ふーふーと冷ましながら飲んでいる。 「意外と猫舌?」 「うるせぇ」 まぁでも私も、熱いお茶は結構苦手だ。 2人でふーふーしながら、しばしの沈黙。……なんだか面白くて、噴出してしまう。 「何笑ってんだよ」 「え、だって…」 駄目だ、笑いが止まらない。笑いつづけていたら、ついに日番谷くんも笑い出した。 それは苦笑に近かったけれど。 こうやって、すごく下らないことで笑い合える仲間って、すごく素敵だと思う。 うん、すてきだ。日番谷くんが居てくれて、本当に良かった。 「また明日からお仕事だね。次はいつお散歩できるかな」 「たしか10日後にまた休暇が重なるはずだぜ」 「え、日番谷くんって、知り合いの休暇全部把握してるの?もしかして情報通?」 「………」 ほらきた、とつぶやく声が聞こえたけど 不機嫌そうなので聞き返すのは止めておく。 日番谷くんの不機嫌ポイントって、時々よくわからないなぁ。 「次こそは、朝から出かけようねっ。私、町のほうに行きたいなぁ。新しい定食処ができたんだって!」 「へーへー努力しますよ。するだけな」 「先に”するだけ”って宣言する努力って、どうなの…」 翌朝も仕事だというので、日が沈んで半時ほどで日番谷くんは帰っていった。 いつもどおり宿舎の出口まで見送って、それから部屋へと戻る。 日番谷くんは昔から、帰りが夜のときは必ず宿舎まで送ってくれる。 こういうところは男の子だなぁ。 普段の態度はそうでもないのに、こういうとききちんと女の子扱いされているのは 少し不思議で、少しくすぐったい。 日番谷くんは、きっと素敵な男性になる。ほとんど確信のように、そう思う。 けれどその姿を想像したら、少しだけ胸が痛んだ。 成長して、変わっていって そうしてきっと少しずつ、距離は開いていく。 候補生だった頃に比べてすら、2人の距離は確実に開いた。 少なくとも、簡単には会えなくなった。 今はまだ心だけは近くて、候補生時代と同じように接してくれる。 「日番谷くん」と呼ぶ自分を、彼は許している。 でもいつか、それすら変わってしまうなら、自分はどうしたらいいんだろう。 彼が大人になって、離れていくところを想像するのはつらかった。 けれど成長は、止められないから。彼の未来は阻めないから。 せめてなるべく長く、一緒に居られたらいいと思う。 窓の外には、こぼれるような星の空。 無意識に流れ星を探しなら、多分帰宅途中の彼の人を想う。 子供のままで、居られたらいい。ずっと一緒に居られたらいい。 どうかこのまま、変わらずに―――時など止まってしまえばいいのに。 そう願うのが、私の罪だとわかっていても。 **** 雛森の部屋からの帰り道。 星空を見上げてため息一つ、想うのは彼女のことばかり。 いつから自分は、こうなってしまったんだろう。 心穏やかではいられない。今日の彼女を思い出して、ことさらに憂鬱になった。 彼女が楽しげに話す、他の奴のことが気にかかる。 いつか自分が躊躇しているうちに、攫われてしまうのではないだろうか――― それは漠然とした不安で、けれど酷く、心をかき乱した。 (雛森…俺はいつまで待てばいい) 彼女が変化を恐れていることを、俺はずっと知っていた。 できれば彼女の願いを、聞き入れてやりたいと思っていた。 けれど駄目なんだ雛森。 俺は本当は変わらない振りをしているだけで、もう昔のままではなくなってしまった。 成長していく身体以上に、 心の中はとっくに違ってしまったのだから。 今はまだ、彼女を傷つけたくない気持ちが強い。 けれどいつか、奪われる不安が勝ってしまったら 自分はどういう行動にでるのだろう。 できれば彼女にも、自分を選んでもらいたいけれど。 せめて彼女の心が大人になるまで、待ちたいけれど。 それすら耐えられなくなってしまったら―――― この葛藤が苦しい。 いつか確実に、彼女を傷つける自分が恐ろしい。 けれどそれでも、想いだけは捨てられないから。 それが変わってしまった自分への、罰なのかもしれない。 **** いつまで一緒に、いられるだろう。 いつまで一緒で、いられるだろう。 望むことは同じ、けれど2人の願いはあまりにも違う。 やがて訪れる休日の終わりは、どのような結末を呼ぶのだろうか。 これは小さな休日の終わり。 そうして大きな出来事の、先触れの話。 |
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コメント | おかしいな…最初はほのぼのしたラブラブ話だったんですが。…アレ? まぁでも両思い未満目標ということで…(汗) 桃ちゃんは、日番谷君が自分を想ってるなんて想像もしない気がします。 そこのところの誤解が解ければ、一気に進んでしまう(爆)気がするようなしないような。 でも、例えば両思いになったとしても、進展に怯えちゃうような桃ちゃんだと嬉しいですvv フフフ妄想ですよー。この世で最強(最凶?)ですよー。 |
update:2003/09/23 written:水明 梨良(りーら) site:nothing |