八ツ時、

今日も俺たちはいつもの甘味処。



  【dolce un bacio】〜あまいくちづけ〜





雛森は甘いものが好きだ。

甘味処に行くたびに黒蜜たっぷりの餡蜜やらくずきりやら。

テーブルに片肘をついてじっと見ていると、

「日番谷くんにも一口あげるね。」

と躊躇いもなく一口食わせてくれるのもなかなか可愛げがある。

「・・・・・太るぞ。」

「いいんだもん。」

だって甘いもの食べてると幸せなんだもん、と雛森は当然のように言う。

「雛森、口もと。」

「あ、また付いてた??」

全く甘いものに夢中だからって、口もとについた餡子ぐらい気づけっての。

「ごちそうさまっ!」

花が咲いたような満面の笑みに、不覚にも心臓が音を立てる。

今日も餡蜜は綺麗に間食。

付き合った俺は気のせいか少しだけ胃もたれ気味。

ああ、どうして女ってこう甘いものが好きなんだろう。


*


「なぁ乱菊、女って何で甘いものが好きなの?」

次の日、

まだキリキリ痛む胃をさすりながらふと思い出したように乱菊に質問をぶつけてみる。

「あら、隊長だって甘いもの好きじゃない。毎日桃ちゃんと甘味処行くのがいい証拠よ。」

「ばくばく食ってるわけじゃないし別にフツーだろ。

じゃなくて俺が聞きたいのは、なんであんなに甘いモンばっか食えるのかってコト。」

長い髪を指先で器用に遊びながらものを考えるのは乱菊の癖。

「だって、男だったら甘いほうがいいでしょ。」

「・・・・・・何がだよ。」

「おやつの後のキス。」

「はぁあ!!??」

「冗談よ。何赤くなってんの?隊長。」

「乱菊・・・・・・、お前そんな事ばかり言ってるから脳みそが腐・・・」

「キスしてみたら?――――きっと甘いわよ、桃ちゃんのくちびる。」

間髪いれずに切り込んでくる、実践では勝っても恋愛沙汰では乱菊が上。

隙の無い完璧な笑顔に少なくとも俺は何も言い返せない。

間違っても口には出せないが、どう考えても絶対年の功だ。

「あ、そういえばさっき廊下で吉良君にお団子貰ってたわよ、桃ちゃん。

きっとそろそろ誘いに来るんじゃない?隊長のコト。

・・・・・・・・・・・・ほら来た。」

廊下から聞こえる軽快な足音は間違いなく雛森。

振り向きざまに見た柱時計の針は

八ツ時まであとすこし、だ。


*


「ぜってー、乱菊の所為。」

こうなったらもう絶対見れないのが雛森の口もとだろう。

隊舎の近くにある広場の外れ、

木漏れ日がいい具合に降注ぐ二人がけのベンチに腰を下ろすと、

ぶつかった雛森の腕が思いのほか柔らかいのに今更ながらに驚いた。

出来るだけ自然に、雛森とは別の明後日の方向を向いて

触れた腕の感触を着物ごしに感じ取る。

で、こんな時ほど思い出さないほうがいいのが乱菊の台詞。

”甘いほうがいいでしょ?”

――――大体

”おやつの後のキス”

俺が雛森に

”きっと甘いわよ”

キスなんか出来るわけねぇだろうが。

「ねぇねぇ、日番谷くんは食べないの?」

「胃もたれ中。」

「えー。折角美味しいのに。」

「じゃ、一個だけな。」

意識するなと言い聞かせながらいつものように顔を寄せて、

雛森が手にしてる串団子の最後の一個に噛り付く。

上に品よく乗っかった、漉し餡は調度いい味加減。

「ふぅん、なかなかウマいじゃん。」

「・・・・・・・・・。」

「どーした?」

「ひ、日番谷くん・・・・・」

「あぁ?」

「・・・・・・あの、顔近すぎ。」

真っ赤な顔した雛森と至近距離で目があった。

続いて目に入ったのは薄桃色の唇。

なんつーか――――『柔らかそう』と『触れてみたい』が俺を支配したのがほぼ同時。

”キスしてみたら?”

さっきまであんなにもドギマギしていたのが昔の事のようで

”――――きっと甘いわよ、桃ちゃんのくちびる”

ああ、勇気なんてホント、おかしなタイミングで湧いてくる。

「桃・・・・・」

「な、何?」

「くちびるに餡子ついてる。」

「え、嘘!?」

慌てて雛森が左手をくちびるに持っていこうとするのを自分の右手で遮った。

ぱしっと気持ちのいい音がして、ついでに空いていた手も掴まえる。

「嘘。」

短い言葉のやり取りが終らないうちに口付けた、半開きだった互いのくちびるから甘い味。

「ごちそーさん。」

「へ?」

「・・・・・・・俺、やっぱ甘いもの好き。」

「あ・・・・・えと・・・・・・・あたしもっ!!」

真っ赤になった雛森を、この時本当に可愛いと思い、

めちゃくちゃぎゅっと抱きしめたのはその一瞬後のこと。

まだ感触の残る唇も、通り抜ける風も木漏れ日も

みんなみんなやさしい、やわらかな昼下がり。

申し合わせたように、八ツ時を知らせる鐘が遠くから聞こえた。


*


「えーと、・・・・餡蜜と金つばくださいっ!」

「・・・・・・・・・・・俺、今日は抹茶だけで。」



八ツ時、

俺たちはいつもの甘味処。

時間を知らせる鐘の柔らかい響きを聞きながら。

今日ももちろん

おやつの後には

甘い口付けが待っている。





コメント ベタ甘を目指しました。日×桃。タイトルはそのまま、「甘いくちづけ」イタリア語です。
今日は気合を入れてお気に入りの甘味処で餡蜜とお抹茶をいただいて帰ってきました。
軽い取材と称して(爆)甘いものを食べる幸せに酔いつつ、妄想を繰り広げるダメッぷり。
いままでで一番、恥ずかしい作品になりました。。。
update:2003/10/02
written:柚木
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