重い扉が軋んだ音を立てる。
踏み込むと、外の喧噪が嘘みたいな静寂。
後ろ手に差し込んでいた光が閉ざされると、俺は完全に外部から隔離された。


思わず漏らした溜息が、冷えた床に落ちた。









冷 え た 静 寂 が 護 る 孤 独 







暗い澱んだ空気の中、雛森は簡易な寝台に腰掛けてうなだれていた。
腿に置かれた手には、大事そうに広げられた手紙。
「雛森」
暗すぎる牢の中では息をしているのすら判らず、思わず名を呼んだ俺の声は少し揺れて聞こえた。
 のろのろと面が上がり、ぼんやりとした目がこちらを見る。虚ろな表情で、日番谷くんと唇が呼んだ。声は嗄れていて殆ど音としては聞き取れなかった。涙も涸れ果てたのか頬は既に乾いている。
乱菊が言っていた通りだ。
いつものあどけなさは消え失せ、泣き腫らした目からは光も。
 
 
ああ、俺達は決して年を取らないけれど。
それでも喪失は雛森から何かを奪い、一晩で随分と摩耗させた。
 
 
草履が床を擦った。
「手紙、読んだか」
「……うん」
鉄柱に挟まれて向かい合えば、小さな声も俺に真っ直ぐ向かう。瞳ははっきりと俺を映している。
大丈夫だ。
雛森はまだ、大丈夫。
俺はそう信じたくて自分に言い聞かせている。
「……届けてくれて、ありがとう」
「宛先に届けただけだ」
「…………うん、ありがとう……」
すん、と小さく鼻を鳴らす音がやけに響いて、俺は何を言えばいいのか判らなくなった。
用があって来たんじゃない。
ただどうしているか、乱菊の伝える言葉だけじゃ足りなくて。
そんな理由で足を運んだ俺に、都合良く浮かぶ気の利いた台詞なんてない。
「…………日番谷くんだったら、誰に宛てる?」
丁寧に丁寧に、手紙を折り畳んでいく指。最後の、という言葉はやはり唇だけで、発音されないままだった。
「………俺だったら」
ここは薄暗くて雛森に似合わない。
「…何も残さねーよ」
ふ、と白い手が止まった。
「俺なら、巻き込んだり、しない」
手紙から目を上げた瞳は、既に潤み始めていた。
「…………たしは…」
「泣くなよ」
思わず鉄格子に手を差し込み頬を拭うと、冷えた牢の中それは妙に熱を持っていた。
みるみるうちに顔がゆがみ、必死に堪える様な表情が現れる。唇が引き結ばれ肩が震え出した。
これ以上涙を零さない様にか、瞬きもせずこちらをじっと見ている。
俺の手を頬に触れさせたまま。
触れる事を、許したまま。
「……雛森、俺が護るから」
「……に、言って…」
「……代わりに護ってやるよ」
籠の中に閉じこめておきたいだなんて、そんな事思わない。
だけどここは何処よりも安全なんだ。
「……日番谷くんは十番隊の隊長、でしょ」
「うちの副は強いし」
「……あたしよりも、五番隊は…どうな、」
ひくりとしゃくり上げ、雛森は暫く黙った。
五番はもう駄目だろう。冷静に考えて、以降招集が掛かる事は有り得ない。
同じ副隊長でも、雛森と乱菊とは立場が違う。
雛森は殺された藍染隊長の、直属の部下なんだ。
 
 
次に危ないのは、もう判りきっている。
 
 
ひっきりなしに零れ落ちてくる涙に、俺は肩を引き寄せ袖で頬を拭ってやる。
俺の袖の下から見えた唇が、小さく笑みを作ろうとした。
「……っ…う、……っ」
だけどそれは失敗し無惨にも崩れ、喉の奥から呻き声が漏れた。
黙ったまま、小さな頭を引き寄せると嗚咽が聞こえた。
俺の黒衣を掴んだ震える手の中、握りしめられたままだった手紙がくしゃりと音を立てた。
 
 
ここは何処よりも安全な場所で。
だけどお前にとってこんなにも孤独な場所も無い。
 
 
 
 
 
鉄格子に隔てられて強く抱きしめる事も敵わず、

俺はその声が大丈夫と言うまで、ただじっと崩れ落ちそうになる細い肩を支え、柔らかな髪を静かに撫でていた。





色々難しいです
矛盾点が沢山出そうでそら怖ろしいです
あそこまで啖呵を切った以上
もっと本誌に出てきてくれないかなぁと

短くてすみませんでした


update:2003/10/04 / written:いさご / site: