俺は最初っから、いつもどおりじゃなくて。 だからか、今日は雛森まで少し、いつもと違う気がする。 いつもと違う、雰囲気。 やっぱり夢かもしれないと、思った。 夢なら、許されるだろうか。 伝えたい事が、あるんだ。 |
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微熱 |
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一体何が悪かったのか、朝起きたらすげぇ熱が高かった。 なんとしても仕事だと、職場まで這っていった、まではいい。 けれどそこで意識を失って、気づいたら部屋へ逆戻り。 いつのまにかしっかりと自分の布団に包まって、 そして覗き込む雛森と、目があった。 一瞬幻でも見ているのかと、自分を疑ったほどに。近く。 「…夢?」 そう判断した俺を、誰も責めることはできないと思う。 何しろ前後の記憶と繋がらない。 それに白状するなら、近頃そういう夢を よく、見ていたから。 けれど目の前の雛森にとっては、それは立腹すべき事だったらしい。 「夢じゃありません!本当にもう、倒れるほど具合が悪いのにどうして無理をするのかな、この人は」 何か早口でまくし立てているけれど、よく聞き取れない。 ただ、夢ではないことだけわかった。 夢にしてはどうにも、都合が悪いじゃないか。いきなり怒られるなんて。 「おれ…どうしたんだ?」 僅かに首を動かして彼女のほうを見ると 彼女はまだ怒り覚めやらぬのか、ため息をつきつつも答えてくれた。 「日番谷くん、執務室で倒れたんだよ。おはようを言う暇もなかったって、乱菊さんがあきれてた」 「…それで、だれが」 「運んだかって?それは十番隊の人だと思うな。そのとき居たわけじゃないから知らないけど」 「………下の者にまで、このすがたを、さらしたのかよ…」 「そういうことを言わないの。みんな心配してたよ」 いいながら、雛森の手が頬に触れた。 途端に心臓が跳ね上がり、覗きこんだ少女の瞳に柄でもなく動揺する。 しかもそれを顔に出してしまった…自分で自覚するほどに、火照る頬。 高熱の時に触れる人の手は冷たくて、普段より余計に意識してしまうからだろうか。 熱も手伝って、くらくらと眩暈。 畜生、なんなんだ俺。いつもならこんな失態など、絶対におかさないのに。 もっとも其れすら、調子なんて崩してしまった自業自得というものだけど。 「やっぱりかなり、熱があるよね。熱い…」 そう言って、雛森が額の手ぬぐいを取った。 枕もとに置かれているのか、氷水で軽く濯ぐ音。 「大丈夫?…そんなわけ、ないよね」 絞った手ぬぐいで俺の汗を拭きながら、今度は俺の額に触れる。 「べつに…」 答えながらも目をそらした。 雛森は、自分の仕草が俺の熱を上げるってこと、全然気づかない。 「大体…なんで、ひなもりがくるんだよ。松本ならともかく」 誤魔化しがてらついた悪態は、あきれたような雛森のため息に一蹴された。 「…日番谷くんに続いて乱菊さんまで休んだら、十番隊は大変でしょう?でてこられるわけないじゃない」 「それにしたって…なんで、ひなもり」 「乱菊さんが教えてくれたの。やっぱり一人では心配だし、藍染隊長が行っていいって」 なるほどあいつらの差し金か。 2人して、余計な気を回しやがって。 「ひとりでも、へいきだ」 それは、ほとんど照れ隠しにつぶやいた一言だったのだけど。 途端に、雛森の眉が寄った。驚く間もなく。 「そんな呂律回ってない状態で何言ってるの。病人は素直に甘えればいいの!」 怒られた。 なんだか今日の雛森は、違和感がある。 「…ひなもり」 「なに?」 額に手ぬぐいをのせながら、雛森が聞き返す。 「なんか、機嫌わりィ?」 「…少し…」 声はまだ不機嫌だけど、そんなときこそ雛森は素直だ。 「おれ…なんか、した?」 そしたら雛森は、ちょっと黙って。 「わたし、看病できるよ」 彼女のつぶやきが意外で、意味を取り損ねる。 困惑する俺を横に、彼女がうつむいて言葉を続けた。 「わたしじゃ、嫌だった…?」 「そんなんじゃない…」 返答は、風邪のせいばかりじゃなくかすれていた。 「…おれ…みっともないなって、思ってるだけだ」 あぁ、なんだか俺も大概素直だ。これは絶対熱のせい。 雛森が俺をみる。もういいや。言っちまえ。 「居てくれたら、ほんとはうれしい」 「………うん」 あぁ、雛森がいい笑顔だ。 夢の中より、ずっといい笑顔だ。 「それとね。心配した」 頬に触れる彼女の指は、きっと熱を測るためのものじゃなくて。 「心配したんだよ―――――…」 台所で、雛森が包丁を使う音がする。 トントンと調子よく、あれはねぎでも刻んでいるんだろうか。 雑炊を作ってもらう間、おれは少しうとうととした。 弱ってるせいか、やたらに眠い。 雛森が台所に居る。心地いい。 次に目を覚ました時には、雑炊が出来上がっていた。 少し量が多いのは、俺と雛森2人分だから。 俺も、どうやら身体を起こす事ができるくらいには回復したらしい。 雛森が、小皿に取り分けて渡してくれる。 「どうせだから、いっしょに食べようね」 そういって、布団の横に文机を運んで。 「卵雑炊にしたの。ダイスキなんだ、私」 「…おれも」 「うん…。塩加減、どう?」 「うまい」 「よかった」 雛森の微笑は、記憶にあるものより大人びてみえる。 「……。おまえさ、こういうとき、おろおろしてそうなイメージだったのに」 なんか、しっかりしてきたよな、最近。 そういうと、雛森は今度は苦笑する風だった。 「あのねぇ…日番谷くんは、一体いつの頃のわたしとくらべてるんだろ」 台詞に反して、雛森の言葉は柔らかくて。 「いつまでも、子供のままじゃないよ」 「…そうか。」 俺は最初っから、いつもどおりじゃなくて。 だから、今日は雛森まで少し、いつもと違う気がする。 その、いつもと違う雰囲気が、 なんだか優しくて。 やっぱり、夢かもしれないと思った。 今なら許されるだろうか。この夢のような時間のせいにして。 「ひなもり、おれ」 「なぁに?」 雛森、俺は伝えたいことがあるんだ。 ずっと伝えたかったんだ…本当は。 「ひなもり」 「うん?」 「おれ」 「うん」 今なら許されるだろうか。 だけど今言ってしまったら、それは夢と消えてしまったりしないだろうか。 「言いたい事が、あるんだ、けど」 「………けど?」 この上そんな言い訳を考えるのは、やっぱり俺が臆病だからだろうか。 「…明日元気になったら、言っても、いいか…?」 雛森は、少し首をかしげて。 それから微笑んだ。 「聞かせてね。元気になったら。…きっと」 「…あぁ」 「待ってる」 「うん」 台所で、雛森が皿を洗う音がする。 水の音。かすかに鼻歌。 雛森は、機嫌がよさそうだ。 その気配を感じながら、おれはまた少し、うとうととした。 雛森が居る。心地いい。 正真正銘の夢へと落ちてゆきながら、 心の片隅で考える。 夢のような一日だった。あったかくて、やわらかくて。 でも夢の中で俺は、大切なことは伝えなかったから。 それは起きた後。 約束してしまったのだから、明日こそ。 心に微熱だけを残して。 明日にはきっと、元気になる。 |
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コメント | 直前に書いたのが痛い片恋SSだったので、ちょっと柔らかめで幸せな話を目指していました。 日番谷くんは身体が子供っぽいので、まだ高熱を出すのではないかなと…。 大人になるにつれて、そういうことって減っていきますけども。 藍染隊長が桃を休ませてくれたのは、多分気にしすぎで仕事にならないと判断したからでしょう。 このあと仕事がたまった桃ちゃんは大変かもしれません(笑) |
update:2003/10/14 written:水明 梨良(りーら) site:nothing |