あの事件が起きてから数年。 周りの風景も、再生され 異例な旅禍の進入による混乱も、今や跡形無く解消されている。 護廷内も順調に物事がめぐる。 あれから 時は、流れた。 |
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あの日の月 |
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雛森は綺麗になった。 子供だった顔立ちも、どことなく大人びて 少し落ち着いた雰囲気になった。 この瀞霊廷内でも指折りの美人とまで言われてる、なんてな。 だから、何か調子が狂って 俺は時々声をかけるタイミングを逃す。 今日も一日話しかけられないまま いつから俺はこんなになったのか。 「情けねぇな。」 そう思っていたら、雛森は俺の姿に気付いたらしく、こっちに駆け寄ってきた。 「日番谷君、そんなとこに居たんなら声かけてくれたって…」 「悪り……お前、今日はもう上がりか?」 「うん。日番谷君は?」 「俺、今終わったとこ。」 「ふうん。今日は早いんだね。」 そう言って、雛森は笑った。昔とは違う、笑顔で。 ……雛森は何も気付いていない。 日頃の俺の変化なんて いつも 俺の気持ちなんか見えちゃいない。 「一緒に帰ってもいい?」 「おー」 「途中、藍染隊長の……」 「あぁ。」 未だ 藍染の影ばかり追っているお前には…… 藍染の墓はひっそりと立てられていた。 ここは瀞霊廷の端にある死神の墓。 変に思うかもしんねぇけど、死神にだってちゃんと墓はあるんだ。 今、雛森は墓の前に座って手を合わせている。 雛森のそんな姿を見て、俺は内心溜め息をついた。 なんだかな………… 日はだんだん傾いて、ほんの数秒のうちに向かいの瀞霊壁の向こう側に見えなくなっ た。 辺りが途端に薄暗くなる。 雛森はしばらくの間座り込んでいたが、突然立ち上がって俺を振り返った。 「ありがとう、日番谷君。」 「おう、もういいのか?」 「……うん。遅くなってごめんね。」 「別に。毎度のことだろ。」 俺がぶっきらぼうに答えると、雛森はしゅんとうなだれた。 「気にするな。」 そう、すかさず弁解して「行くか。」と歩き始めた。 俺たちの向かう東には、今まさに出たばかりの満月。 「なんか、満月なんて久しぶりだね。」 「……そうかもな。」 「わたし、満月って好きだなぁ……」 「ふぅん。」 「日番谷君は?」 「……別に普通だけど、どちらかと言えば好きかな。」 すると雛森は満足そうに「うん。」と笑った。 その笑顔が儚く見えて、俺は胸が詰まった。 藍染の死ぬ以前までは、雛森が笑うと何か眩しくて、太陽みたいな感じだった。 けど、今は月に照らされてることもあるのか、どこか力無い。 昔の笑顔とは、違う。 「日番谷君。」 「あ?」 丁度ススキの小道に差し掛かったところで、雛森は不意に声をかけてきた。 足の歩調は変えずに、後ろからの雛森の声を聞く。 「なんで藍染隊長はあの時一人で行ったんだろうね。」 「……そんなの」 「…?」 ……そんなの、当たり前だろう。 「知らねぇよ、そんな事。」 「そう。」 雛森がうつむいたのが、見なくても気配で分かった。 「じゃぁ・……」 「?」 「何のために副隊長っているのかなぁ。……隊長を補佐するためじゃ、ないのかなぁ ?」 「お前、なに自分を責めてんだよ。」 「…うん。」 「らしくねぇぜ。」 「……うん。」 「………」 これじゃぁ、完璧にどつぼだ。 藍染が死んでからもう数年。雛森はずっとこんな感じだ。 同じような問いかけを自分自身に何回もして 思いつめた顔して 泣いて 胸を貸したこともしばしば。 見ていて、こっちの方がつらい。 墓にも毎日のように通いつめていて それが何とも痛々しい。 多分、そう思っているのは俺だけじゃないと思う。 吉良とか、他の副隊の奴らとか。 乱菊の奴も心配してたな………。 今にも壊れてしまいそうな、あんな表情見せられたら 誰だって、守りたくなる。 この頃、 吉良の奴がこんな雛森見て変な気起こさないか 気が気でいられない。 もしかしたら、雛森に変な気抱いてる奴が 手を出すかもしれない。 それが、心配でたまらない。 そんな事、どれも絶対にさせるかよ。 風が、流れる。 本当、この頃の雛森は危なかしい表情をよくする。 普段の笑顔の中にも、消えてしまいそうな儚さがあって 思わず抱きしめたくなる衝動に駆られる事もしばしば。 今だって 「雛森お前、何でそんなに藍染の事で自分責めてんだよ。」 雛森は答えない。 自分もぎりぎりの質問をしたと思う。 雛森を傷つけるか否かの。 雛森は、答えない。 「雛森?」 後ろを振り返ると、雛森は立ち止まっていた。 下にうつむいて。 「雛………」 「……っ、どうしたら」 「…雛森?」 「どうしたら、藍染隊長に………… 会えるの」 「……っ」 ぼろぼろと頬から零れ落ちる涙が、月の光を受けて輝く。 そこに立つ雛森は、今にも崩れてしまいそうな感じで 焦燥感ばかりを膨らませて 「泣くなよ。」 俺の気持ちなんか知らないで そんな顔するな。 「どうしたら藍染隊長に会える?」 そう言って目元を拭う。 雛森が何だか小さく見えた。 いや、身長は俺の方が勝ってるんだけど… そういう問題じゃなくて 「 ………謝り、たいよぅ。」 「悪いことなんて、してないのに……か?」 「ちが………、そう言うのじゃなくて……」 「何だよ」 「何もしてあげられなかった、事…」 「……」 「あの日、あんなに近くにいたのに………っ」 「そこまでして、自分を責める必要ないんじゃねぇか?」 「あるのっ!」 「……………そうかよ」 雛森の背中に手を回して、引き寄せて 嗚咽を聞いて 俺は、途方に暮れた。 どうしてここまでして思い悩むんだ 雛森………… 「ただ、気付けよ。」 「……」 「周りが心配していること」 「…ん」 「ちゃんと、相談しろ。」 「…うん」 「……ちゃんと、聞いてやるから」 「うん」 そこまで言うと、雛森の方も段々と落ち着いてきて 何だか、俺の方が照れくさくなっってきてしまった。 「寒いな。」 「……う、ん。ちょっと」 「久しぶりに俺んとこよってくか?」 茶くらいは出すしさ。 「そうだね。久しぶりだし、ね」 雛森が笑う。 少し昔に戻った気がする。 「早めに行くか。」 満月の光の中 二人は足を進める。 ******** 「何か、かわってないなー」 「上がんな。 そこらへんにある座布団使え。」 「お邪魔しまーす。」 俺は雛森が部屋に入ったのを見て、奥に急須と湯呑みを持ちに行く。 戻ると、部屋の真中の机には雛森が着席していた。 「やっぱり、隊長の部屋って広いね。」 「さあな。でもお前の部屋よりは広いかもな。」 「へへ。………そう言えば、日番谷君はコタツとかは出さないの?」 「別に。帰ったらすぐ寝てたし。……寒いか?」 「ううん。大丈夫だよ。」 雛森は首を振ったが、雛森の現服装を見て 「あぁ、こいつ寒いな。」と判断した。 「これ着ろ。」 「えっ、いいってば。」 「着ろって。」 遠慮する雛森に向かって白の隊長羽織を投げる。 「うゎあ」 「風邪なんかひかれちゃたまんねぇ。」 「うぅ・…ありがとう。」 赤面する雛森は何とも可愛らしい。 「ほれ、お茶。」 「……いただきます。」 「これ梅茶だね。」 「梅茶だったのか、それ。」 「知らなかったの?」 「それ、この前乱菊からもらったやつだから。」 「ふうん。日番谷君は自分から率先してこういうお茶飲まなそう。」 「そうか?」 「うん。絶対そんな感じ。」 「あのなぁ………」 呆れた。 俺だって梅茶くらいは飲むぜ。 俺らはしばらく他愛の無い話をした。 こんなに話すのは本当に久しぶりだった。 昔と同じような感じで でも、 昔と同じままっていうのも困ったもんだ。 途中、雛森の奴「ちょっとだけ」とか言って眠りやがった。 他の奴のとこでもこんななのだろうか だとしたら、かなり無防備ではないか? 「仮にもだ、俺がお前を襲ったとしても」 文句は言えねぇぜ。 今はもうぐっすりと寝入っている雛森に囁く。 眠っているから言えるんだよな これが起きてたら言えたもんじゃない。 自分も机に突っ伏したまま、そっと雛森の頭を撫でた。 「こんなに近いのに、な」 雛森の頭から手をひいて くしゃり、と自分の髪を崩す。 何か、らしくねぇな。 何度も髪に指を通す度に髪がなえてきた。 いつも立てている髪は頬にかかるくらいに落ち 頬にまで落ちてきた。 明日も仕事か。雛森を宿舎に送ってかないとな………。 ふと目を閉じて、帰り道泣いた雛森の姿を思い出す。 彼女の悲痛な声が耳から離れない。 「雛森…………どんなに奴の事を想って泣いても、何度墓を訪れても、あいつには会 えないんだ。」 外は暗さを増してきて、辺りも冷え込んできた あの明るい満月も西の空に傾いてて 俺は雛森を軽くこずくと、そろそろ夜も遅いだろうとその細い肩に手をかけた。 「雛森、起き………」 「…………ん、まだ…」 ………………………。 「今夜、もう遅いから泊まってくか?」 「…………」 「雛森?」 「むぅ………まだ」 雛森はまだ寝ぼけ半分で 多分俺が何を言っていたのかも分かっていないと思う。 雛森は一回寝返りを打つと、そのままごろりと畳の上に寝転がってしまった。 完全に自分の家だな………。 「雛森。……どうすんだよ。」 「………ん…………ふゎ」 「起きたか?」 「…あれ?藍染たいちょ・……」 「……………」 雛森のまだ寝ぼけた顔。 目元をこするしぐさ その、第一声 俺は、雛森の見ていた夢の中身を知って 顔をしかめる。 また、あいつかよ。 どうして、なんだろうな…… 死んでもなお、存在は消えないのか お前の中から…… 「無理かもしんねぇな…」 「あっ…ここ……日番谷君のとこだった。ごめん、今何時?」 「……もう、遅いぜ。」 「……ごめん、こんな時間まで」 「…返すもんかよ」 「ふぇ?」 夢の中であいつと会うというのなら 夢なんか 見せたくない そうやって藍染が、お前の中に生き続けているのなら そんな夢、見るな。 見て、くれるな。 これはかなり自己中心な考えだ それくらい、分からない俺ではない それでも お前をあいつになんかに あいつの記憶に過ぎないものなんかに とられて、たまるかよ。 「ちゃんと、目ぇ覚ませ、よ。」 そうして 今起き上がったばかりの雛森を引き寄せて 自分の腕の中にすっぽり収める 「……日番谷君、な、何…?」 雛森は起きたばかりとはいえ戸惑っていた。 可愛いくらいに頬を染めて 「……ひつが…」 寝起きで潤んだ瞳が、真っ直ぐ俺を射る。 その瞳に囚われたまま 心が揺らいだ。 「黙れよ。」 「どうしたの…」 「黙れって、できねぇだろ」 「……なにを」 「目ぇ、瞑れ。」 間もなく 触れるような、掠めるような 唇の感触 甘くも何とも無い ただそれだけの 「悪い。」 そう言って、雛森から顔を背けて 抱きしめていた腕の力を緩めた 「…悪かった。」 雛森は何も言わない。 何もしない。 それが、逆に俺を追い詰める。 かなり勝手な事した、と思う。 たたくなり、殴るなりすればいい。 それは当然だ。 その方が、まだ 「……っ」 「なんでかな…」 「……雛森?」 「……わからない」 か細い、声だった。 今だ自分の腕の中にいる、雛森の。 「雛……」 「どうせ離すなら、こんな事、しないで……」 「雛森」 「……もう」 「誰も藍染隊長の様に、ならいで」 「…何、言って」 「離れて行かないで……。」 「雛森」 こいつ だからこんなに… 「馬鹿だな。」 「………どうせ」 「誰も、離れて行かない。」 「……」 「もう、そろそろわかれ」 「……わからない。」 「わかる。」 「…………そんなの、わからないよ…」 「人が、いつどうなるかなんて…」 「俺は、お前のそばにいる」 「それ、絶対と言えるの?」 「言える」 「…」 「だから、そこのところは安心しろ。」 それは 自分にしては、優しい言葉だった。 今日は本当にらしくねぇ。 雛森は、その言葉を聞くと俺の胸に顔をうずめてきた。 安心したのか……? 俺もまわしていた手に力を込める。 「雛森?」 「見ないで。」 「……どうした?」 「…」 いきなり見るなと言われて 気になるのは仕方あるまい 俺は、雛森が俺の胸でどうしてるのか しばらくして わかった。 「泣くな。」 俺は苦笑して言った。 「…だって」 「ほら、もう顔上げろ。」 「…やだ」 「日番谷君は、格好良いから」 「なんだそれ」 「こんな顔見せられないよ。」 「……雛森」 「馬鹿だな。」 「また言う……」 「……嘘だ、何でも無い。」 そうして しばらくの後、俺は雛森の額に小さく口付けると その小さな肩を再度抱きしめた。 その先、 どうなったのかは分からない。 どうやら、俺はそのまま寝てしまったらしいから。 きっと、安心していたのは俺の方だったんだな 腕の中にある温もりと 昔のあの頃に戻りつつある自分達に |
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コメント | まだまだ未熟ながらも書かせて頂きました。 大人というか、少し成長した後の二人を書いて見たくなって ついつい書いてしまいました・・・。 まとまりのある文を書きたいものです(~_~; 何だか、日番谷君が自分勝手に・・・ 腕磨いてまたチャレンジしてみます。 |
update:2003/11/26 written:長月 site:nothing |