「あ、雨・・・・・・・・・」


珍しいな。最近めっきり降らなかったのに。



そんな事を考えながら、パタパタと部屋の中を走り回って片づけを続ける。

今日は二週間ぶりにようやく取れた非番。この機会に散らかった部屋を片付けようと思ったのだ。


(そういえば、薬箱どこだっけ?)


自分の左指先を見て、思い出したようにあたりを見渡した。

先程書類をまとめていてうっかり切れてしまったのだ。


「確かココの一番下に・・・・・・・・」


屈んでふすまの奥を覗き込んだ雛森は、探し当てたそれを手にとって勢い欲立ち上がろうとした―のだが。


ごいん。


「いっ・・・・・・・・・・・・・ったぁいっ!」


ふすまの板があるのを忘れて思い切り頭をぶつけてしまった。

怪我を治療しようとして怪我を増やしてどうする。と、一人自己嫌悪に陥る。


「い、いもん、痛くないもん・・・・・・絆創膏は・・・・」


箱の中に数枚残っていた内の一つを取り出して指先に巻きつける。

ふと、薬箱の隅に入っていた箱を見て、何かが頭をよぎる。


「?・・・・・・・何だろう。頭痛薬・・・・・・」


箱を手にとって暫く眺める。

そして、気がついた。



「あ、日番谷君だ」












 こんな日は。






扉が二回叩かれた。

その音は酷く小さく、遠慮がちな音だったが、頭に大きく響いた。

机に突っ伏していた頭を上げるのが億劫で、無視してやろうとしたのだが。

考えに反して自分は起き上がってしまう。

自分が知る中で、このように戸を叩く人物は一人しか知らない。

そしてその人物が訪ねて来たのなら、出ない訳にはいかない。


「・・・・・・・・・・はい」

「あ、日番谷君。今日お休みだった?」


予想通りの人物がそこに立っていた。

自分より少し高い位置にある顔が、いつも通り緊張感なく微笑んでいる。


「いや、ちょっと休憩」

「あ、サボり?乱菊さんに言っちゃおうかなー?」

「言ってみろ。こないだ任務中に思いっきりすっころんでたって藍染に言ってやる」

「すいませんごめんなさい止めて下さい」

「それでいい」


普段は日番谷に敬語など使わない雛森だが、ここは素直に謝っておいた。

尊敬する藍染隊長に、そんなみっともないエピソードは知られたくない。


「うー、折角心配して来てあげたのに〜」

「心配?」


恨めしげな目つきで見下ろしてくる雛森に、日番谷は疑問符を浮かべる。

今まで心配したことは幾度となくあっても、心配されたことなどあっただろうか?

いや、それ以前に自分はこのおっちょこちょいを行かせたら尺魂界一と言う死神に心配されるほどの頼りない死神だっただろうか?


「日番谷君、あたしがいくら馬鹿でもなんとなくわかるんだからね・・・・・」


どうやら考えていたことがもろに顔に出ていたらしく、さらに睨みをきかせた目で睨み付けられる。

といっても、ぜんぜん怖くはないのだが。


「で、心配ってなんだよ?」

「あ、えーとね。ハイこれ」

「?」


ポンと手のひらに乗せられたのは丁度拳大の紙箱。

そこには、半分がやさしさで出来ている事で有名な頭痛薬の名前が書かれていた。


「・・・・・・・?」

「今日、雨降ってるじゃない?」

「・・・・・・・!」


そこでようやく気がついた。

雛森は覚えていたのだ。自分が雨の日に弱いことを。



『雨の日は頭痛ぇから嫌なんだよな』



前研修の時にぽろっと洩らしたのを、覚えていた?



「ホラ、前に言ってたじゃない。雨の日は頭痛いって」



(・・・・・・・・・・・・・・・・やべ)




たったこれだけの事なのに。

ほんの、些細な事なのに。


こんなにうれしく思う自分がいる、なんて。


それだけで、顔が真っ赤に染まった。



「わ、日番谷君顔も赤いよ!熱も出てきたんじゃない?」

「わーわーっ!!」


額に伸びてきた手を必死に交わしながら、驚いた表情の雛森を見る。


「・・・・・・・・どうしたの?そんなに慌てる日番谷君、初めて見た」

「な、なな何でもねぇっ!と、とりあえず薬はもらっとく」

「ウン。それ飲んでよくなったら早く仕事に戻ってね。乱菊さんが大変なんだから」


にっこりと微笑んで、雛森は去っていった。

その後姿が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた日番谷は、未だ顔が熱いままだった。


























「おい雛森」

「あ、日番谷くん」

「ホラ」

「? わっ!」


弧を描いて飛んできたそれを、慌てて出した両手でキャッチする。


「やる」

「って、え?何?」


手のひらに収まったそれは、桃色の紙に包まれた飴玉だった。


「あまったからやる」

「・・・・って、ちょっ・・・・・・」


訳が分からず顔を上げると、既に日番谷はいなかった。


「もう、何で隊長さん達は皆気づかないうちに去っていくのよ・・・・・」


そんな小言を洩らしながら、桃の味のそれを口の中に放り込んだ。

甘い香りと味が口の中に広がって、もう一つ、思い出した。







(そう言えば日番谷君って・・・・・・)









「雛森君。この間の書類は―」




「あ、ふぁーい!」









藍染隊長に呼ばれて元来た方へ駆け出して。







(甘いもの、嫌いじゃなかったっけ?)








そこにはほんのりと、桃の香りが残された。







コメント 初めて書いてみた日雛です。
雨の日頭痛くなる人っているよなーと思って書いてみました。
本誌で再び出てくることを楽しみに待とうと思います!
update:2003/11/30
written:上里いの
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