雪が降り、一面が白に染まる中。
色をもたない彼の人は、溶け込んで消えてしまいそうでふと、怖くなる。
羽織すら白い、その背を見て。

小さく名を呼んだ。



お願い、振り向いて。






 紅氷華







「雛森?」

本当に小さく呼んだのに、彼には届いたのだろうか。
いっそ偶然のように振り向いて、彼が首をかしげた。
願い事がかなったような気分で私は嬉しくなってしまい、笑顔をごまかすのが大変だった。
「うぅん、なんでもないよ」
笑う私に、日番谷くんが怪訝な顔をする。




その会話が合図になったのか、先行していた彼が、歩調を私に合わせてきた。
出会ったのは偶然だけど、行き先は同じなのだからわざわざ別れる理由も無い。
それだけの意味しかない出勤前、けれどそれでも、並んで歩く白い道。

昨日までただの冬だったその道は、今朝起きたら雪道になっていた。
日が昇ればいくらかは溶けるだろう、けれど例年どおりなら、恐らく帰りも白いまま。
多分、春まで残る雪だ。


「こんなふうに一緒に歩くの、ひさしぶりだね」
かけた声に、返る答えは素気ない。
「そうだったか?…ま、昔は毎朝一緒だったしな。今はまず、出勤時間があわねぇし」
いわゆる学生時代は毎朝同じ道を歩いて通っていたから、当然冬だってよく歩いたわけで
こうして久しぶりに共に居ると、どうしても当時を思い返して懐かしい。

「毎年のことながら…一晩で、すっかり積ったな」
足元を見ながら、日番谷くんが言う。
「そうだね。どこもかしこも真っ白…。びっくりだね」
しゃがみこんで雪をすくうと、溶けるより先に手が冷えた。
「もう少したくさんあったら、雪だるまが作れるね」
「また降るだろ。ココからが、本格的に冬だな」
「うん」

共に過ごした思い出が懐かしく、他愛も無い会話が楽しい。



けれど、雪だるまを作ろうと。
約束するほど私たちはもう、子供ではなくて。

「急がないと、遅刻だぞ」
そう言って日番谷くんがまた、先にたって歩き出した。
白い背中が雪に溶けてしまいそうで、私もまた不安になる。
(ついさっき…)
呼んで振り向いてくれた、ばかりなのにね。




分かれ道、じゃぁなと言った彼の後姿が
いっそ苦しいほどだった。














けれど偶然は、重なるときには重なるものだ。

仕事が早く上がっての帰り道、また日番谷くんと一緒になった。
こういう偶然は滅多に無いから、すごく幸せな気持ちになる。
朝の不安が嘘のよう。それはあまりに単純な、幼い安堵かもしれないけど。
大丈夫、まだ側にいる。そんなふうに実感する。


雪は朝に比べて、少し量が減ったようだ。
けれど多分また今夜降って、そうして少しずつ増えてゆく。

冬は夜が訪れるのも早く、歩むうちにも陽が傾いていくのがわかる。
徐々に徐々に、紅へと染まる景色。



「日番谷くんのところも、早く上がったの?」
話し掛けると、日番谷君は軽く肩をすくめて応えた。
「まぁな。たまに早く帰れるとなると、落ち着かねぇ」
「仕事の鬼だねぇ」
そう言って笑う私に、彼は憮然と顔をしかめる。
「そうでもねぇけど」
「またまた嘘ばっかり。…お仕事好きでしょ?」
「だからって、夜遅くまで残りたいわけでもないぞ」
「ほんとかな。まぁこんな日に居残ったら、帰るころには大変だよね」
「確かに。…夜なんか、吹雪いてそうだよな」
そういいながらさくさくと、響くのは軽い足音。
足元の雪は、影を孕んで暗い橙。




その橙を眺めながら、私はぽつりとつぶやいた。
「冬はね、早朝が一番綺麗だっていうよね」
日番谷くんが私を見る。
「そうか?」
「うん。でも…私は、冬は夕方が好き。雪が夕日を反射して、とても綺麗でしょう?」
陽が山入端に差し掛かり、急速に世界は、紅に染まる。
橙の雪、きらめく結晶。けれど。
「キレイな雪の中でね、私たちだけは光を反射しなくて、そこだけぽっかりと暗くて」
影が長く、伸びて。

「だからね、冬は夕方が好き。…とても、好き」




私の言う意味がわからなかったのだろう。
日番谷くんは怪訝な顔をして、それから苦笑い。
「おかしな奴だな」
「そうかな」
「なんで其れが好きなのか、よくわからねぇよ」
「ふふ」
多分彼は、応えを求めていたんだろうけど。
わたしは唯、笑って誤魔化した。




足を止めると、気づかなかった日番谷くんが僅かに離れて。
それから振り返って私を見る。
「雛森?」
呼びかける、声が聞こえる。
夕暮れ徐々に染まりゆく中で、意志を持った瞳が、私を見る。


白い白いその人は。
羽織すら白くて雪の中、溶けて消えてしまいそう。
いつからかその景色を、怖いと思うようになっていたから。



長く伸びた影は暗く、確かにそこに彼が居る事を感じさせてくれる。
雪が日を反射して、きらきらと輝いて美しく。
夢のような景色、でも死神に過ぎない私たちの、長く伸びた影だけが
彼も現実なのだと教えてくれる。

本当は雪のせいばかりでなくて、単に私が距離を感じているだけなのだ。
けれどこの白い色は、ますます其の思いを強くさせて
私は自分が恐れるものに、気づいてしまった。
だから暗い影にこそ、私はつながりを夢見るようになった。








こんな想いは、彼にはひみつ。
永遠に、秘密。











「雛森…?」
もういちど彼が私を呼んで、私は今度こそ微笑んだ。
「日番谷くん、」
返事の続きは言葉にせぬまま、駆け寄って。

「ごめんね、ぼんやりしちゃった。帰ろ」
「?…おぅ」
怪訝そうな彼を追い越して、歩きなれた道を進んだ。









今日からこの街は雪の中。

長い長い、冬が始まる。







コメント テーマを決めたときから、私は「冬の夕暮れを書こう!」とか思ってたわけなんですが。
中でも桃ちゃん片想いは異色だったでしょぉか…(^^:
それ以前の問題かしら。

やまのはを「山入端」と変換できる機種ってどのくらいあるのかな…(汗)
written:水明梨良(りーら)
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