ゆりかご |
鳥たちの囀り鳴く音が、呼び起こすように聞こえたような気がして、目を覚ました。起きた早々に眠気には、暫く勝てそうにはなかったのでお布団のうえで、ぼんやりとしていた。そして、もう一回頭まで布団を被り直して起きたことをなかったことにする。二度寝を試みようとしたけれど、寸でで思い止まることにした。至福な時を逃してしまったことに対しては、ちょっと複雑で。ほろ苦い幼稚な思いを抱いた。 「そういえば、今朝だった……?」 暦を思い出して、顔が青ざめるようにぞっとした。今日は、朝から隊首会が予定されており、各隊の副隊長も出席せねばいけないことになっていた。なのにあたしは、まだお布団の中。 大急ぎで布団を蹴り上げ、慌てて飛び起きた。定刻の時間までは、暫く間があるようだが着の身着のまま行くことなんかできない。朝の時間は、一分でも一秒でも貴重なのだから、と忙しなく準備を始めた。 「もぅ〜〜あたしのバカ莫迦!」 こめかみを抑えて頭を抱える。だけど、こんなことをしている時間すら勿体なく、ほとほと自分が情けなくて頭をぽかぽかと殴り出したくなって、そんなことをしても何も始まらないというのに無駄な時間を裂いてしまった。ホント、何してるんだろう。 そして、枕元に布団へと入る前に、準備していた衣装を身に纏って鏡台へと向かって振り返り体裁を整え気合いが入る。気持ちがしゃんとするのは、やはり死覇装を身につけて今日一日と向かい合う気力がみなぎり、程よい緊張感と背中合わせにあたしという存在を示すため。 「……わっ、髪ぼさぼさじゃない」 こんな時に限って何時も考えないような事を思ってしまうのは、何故なんだろうと本当にいつもそういう場面に出くわす度、心底問いたくなる。 「んっと」 大ざっぱにだけれど、髪にくしを通して終え、口に紐を加えて鏡を見る。ちょっと首を傾げて、後ろまでの見え具合を確認して髪を束ねて、最後に仕上げる。 大方の準備を終えたが、時間は間に合うだろうか。不安を拭えないまま、会へと急ごうと体を起こした瞬間に体勢を崩しかけ前に寄っかかって、直ぐに戻せなくて鏡面台の前に座り込んでいたので足が思いもよらずに、へんなところへ引っ掛かってしまい丁度、台の足になっている縁に引っかけて転げ込んだ。 「いったぁああい……」 腰をさすりながら体を起こしたが、弁慶の泣き所というわれる脛を強打したらしく鈍い痛みが足一帯に広がって、身動きが取れなくなってしまった。 でも、そんなことしている間にも時間は刻一刻と過ぎているわけで、泣きっ面を精一杯隠してあたしは定例会へ急いで向かうことにした。 会が行われる部屋へと向かう中、雑踏に佇んでいる気がした。錯覚する。全体で集まる度に、そう思う。なぜだか、漠然としか分からないが、そう感じるのだ。見えない柵のなかで、操り人形と同じ糸に吊られて踊っているようにふと焦燥感が巡って、予想だにしない不安が、新たに生まれる。各隊の隊長格と顔を合わせるのに、体中の神経が敏感になって、余計に神経質になっているのかなと感じた。未だこの空気には馴染めずにいた。 あたしは、急いで来たけれど大分後のほうだったらしくまだ残りの隊の人たちが疎らに足を踏み入れいた所で、ひょいと室内を覗き込んで五番隊の位置、藍染隊長がいらっしゃらないか見渡した。なかなか見つけることが出来なくて、段々と辺りが沈静し始め第一番隊隊長である、総隊長が席に着くところだった。 ――どうしよう、 早く定位置に着かなければ、と抜き足で人の間をすり抜けて、藍染隊長の姿を見つけ後ろに着いた。藍染隊長は、あたしに気付いたのか後ろを見てくすりと笑みを零すと、前を向き直して何か物事に耽っている様子だった。あたしは、朝から怒濤の連続で何とか遅れずに出席できて安心したからか、途端に眠気が込み上げてきて、生あくびが出てしまった。 「ふわぁ……」 しまった、と思ったら既に遅し。あたしは、両手を口にを当てがい、慌てて回りを見渡した。誰も見ていないと思っていたのに、手を口から外そうとした瞬間に、ふと後ろを振り返った日番谷くんと目が合ってしまった。目をまん丸と、あたしは広げて込み上げてきそうになるあくびを飲み込む。日番谷くんは、そんなあたしの顔を見て口角を上げて口を歪めて、笑いを堪えていたように見える。あ、また笑った。 「酷いよっ、日番谷くんったら」 と小さく呟いて、日番谷くんに向かってあたしは、口の端を思いっきり開け広げてやって「いーだ」と返した。笑わないでよ、と大きな声で叫べたらいいのだけれど。そんなことを、この隊首会でできるワケもなく、黙りを決め込むしかなかった。それは、日番谷くんも同じ事だ。 だからあたし達は、無言で表情だけで会話する。普段難しい顔をして、しかめっ面で無愛想な日番谷くんの表情がこんな些細なやり取りで崩れていく様が何だか嬉しくて、ついつい調子に乗ってしまう。今度は、日番谷くんがあたしがしたことが癪に障ったのか、眉間にシワを寄せて睨み返した。それに対して、あたしはフンと唇を尖らせて顔を反らした。何だか他愛のないやり取りを繰り返して、こんなことを楽しんでいるあたし達は、お互いに何してるのだろうとか思っていても、幸せを感じた。 総隊長のお話など、耳に入ってこなくて申し訳なくなってくるけれど、日番谷くんのことが気になって仕方ない。もう一回こっち振り向かないかなぁとか考えていたら、総隊長のお話は終わってしまったようだった。 「どうしたんだい? 雛森くん」 そわそわと、あたしの動向が可笑しかったことに気付かれた藍染隊長が問う。日番谷くんのことが気になって、お話を聞いていませんでした、等と胸張って言えるわけなんかなくって、本当にどうにかしてしまってる、あたしは。途端に恥ずかしくなって、口早に答えた。 「いえ、何でもないんです。……これから非番なので、失礼いたしますっ」 五番隊副隊長として上の空になってしまっていた非礼を詫びてあたしは藍染隊長に深々と頭を下げ、後ずさりした。 「……雛森くん?」 藍染隊長が、続けて何か窺おうとお声をかけて下さったようだったけれど、あたしは顔を下に向けて早歩きになって室内を歩く。絶対、顔赤いと思う。なんでこんなに狼狽して、日番谷くんのことばっかり考えていた事が、途端に恥ずかしくなってしまって、照れくさくなったのだ。藍染隊長を目の前にして余計に、それが露わになってきて思い知った。 「おい」 と肩を叩かれて、あたしはそれどころではなかったので気にも止めず頬に感じる熱に魘されてしまって、佇んでいたら再び肩を叩かれて問い掛けられる。それどころではないのに、誰だろうと振り返ると仏頂面をした日番谷くんが、仁王立ちになってあたしを見ていた。 「……人の話ちゃんと聞け」 ――聞けるわけないじゃない 今まで、日番谷くんのことであたしがこんなに恥ずかしい思いしているのに、その張本人が再登場となってしまって、混乱寸前。爆発まで、後何秒のカウントダウンの合図が、大鐘で鳴り響く。 「も、っもう。知らない」 「ん?」 「っもーーーー! 日番谷くんのばか!!」 顔を両手で翳して、あたしはその場にしゃがみ込んだ。何で何ともない素振りで、声を掛けることができるのだろう。あたしは、こんなに心臓が破裂して飛び上がってしまいそうなのに、お構いなしになって詰め寄る。翳した指の間から、喜びを隠しきれないあたしの間抜けな緩んだ顔が露わになるのを隠した。 「大きな声出してんなよ、」 と日番谷くんは、あたしの横に立ち尽くして上から覗き込んでいた。膝に顔を引っ付けて、あたしは一体になってしまいたかった。不意に日番谷くんが、あたしの腕を掴んで引っ張り起こした。 「お前、今日非番なんだろ? 行くぞ」 どこに、と答える隙もなく日番谷くんは後ろを顧みることもせずに、真っ直ぐ歩いていく。掴まれた腕がほんのりと温かくて、泣きそうになるくらい嬉しいなんてあたしが思っていること、日番谷くんは知らない。どれ程にあたしが、想ってることなんて。 一点だけが、温もってそれが伝わって荒げていた鼓動は静けさを取り戻してくる。急上昇したり、急降下したり、この気持ちを持て余した。 「あ、うん。そうだけど……なんで、日番谷くんあたしが非番だって知ってるの?」 聞き返すと、日番谷くんは途端に足を止めて掴んでいた腕を離した。あたしは、宙ぶらりんになってしまった体が思わず日番谷くんにぶつかりそうになって、足に力を込めて立ち止まる。 「はぁ? ……雛森。お前な……」 ため息を噛み殺して、日番谷くんは下を向いて呆れたように頭を擡げた。後ろから、様子が窺う事が出来ずにいたため、あたしは日番谷くんが下を向いた、そこから覗き込んで様子を見た。 「……日番谷くん」 やっと落ち着いたと思っていたのに、日番谷くんに釣られてあたしまで顔が真っ赤になる。なんて顔してるんだろう。胸が締め付けられて、切なくなる。あたしのために向けられたものだろうか。 「聞き間違いだったらいい」 と、日番谷くんは続けて顔を斜め起こして答えた。 「何が聞き間違いなの?」 おうむ返しのように、あたしは同じ質問を投げかける。日番谷くんは、言いにくそうに口を開く。 「お前が、毎日毎日今日がやっと非番だって叫んでいただろ、だから」 そこまで、口にして「もういいんだ」と日番谷くんは、踵を返して戻ろうとした。その腕を即座に、あたしは引いて俯く。全身が幸せに満たされて、あたしは佇んでしまう。動きを封じ込められたように。 「覚えててくれたんだ……」 「あれだけ耳元で煩く言われてたら、普通覚えてるだろ」 素っ気なく返す言葉にどれだけの意味が含まれているか、あたしは分かっていた。日番谷くんがそんな素振りを見せずに接するものだから、あたし自身すら忘れていたことだったのに。 袖を引いて、あたしは日番谷くんの背に頬を当て逃げ場を封鎖した。どこへも行けないようにと、仄かに淡い気持ちを込めて日番谷くんを独り占めする。 頬から感じる熱いものは、いろんな気持ちが混ざり合ってる。どれから理解していっていいのか分からなくなるくらいになる程、いっぱいの気持ちをあたしは日番谷くんから与えてもらっている。同じものを、あたしは与えられているのかな。 「……痛っ」 不意に鋭く重い痛みが、全身に走って背筋が凍った。背にあてがっていた手に余計な力を入れてしまったためか、日番谷くんにもたれ掛かるようになってしまいあたしは慌てて後ずさりした。 「ごめんなさい」 「どうしたんだ?」 「ううん、何でもないの」 と、今朝勢いづき引っかけて作った強打した足を庇って一歩下がった。地面に引きずって、きちんと立っていられなくなった。蹲る訳にもいかなくて、段々とあたしは顔が歪んでいくのを感じた。 「見せてみろ」 「え?」 何も躊躇うことなく、日番谷くんはあたしとの隙間を通り越して近くまで寄ってくる。有無を言わさずに、あたしの腕を引き体をくるりと回し、腕へと抱き抱える。そして、足下から感覚が奪われていったのを感じていたと思ったら、足が宙ぶらりんになって、腕を掴かみ込まれて衝撃を貰った。 「きゃっ。日番谷くん何するの!?」 あたしは、口を開いて懇願する。ずきずきと鈍い痛みが足から伝わって来ているのに、あたしの心はざわめきを立てて疼き始める。 「静かにしろよ」 ぴしゃりと日番谷くんにあたしは、宥められて無言にさせられた。顔を屈めて、足下からすくい上げられ両手に抱き抱えられて、優しくふんわりと雲のうえを歩いているような錯覚を覚えるくらいに、日番谷くんは、あたしを優しく扱ってくれた。下から日番谷くんの顔を見上げ、目眩がした。 「取りあえずここに座って」 暫く、移動したことすら感じさせずにやってきた所で休める場所を探していたのか、日番谷くんはあたしをゆっくりと不器用な仕草で、あたしを下ろした。 「で、どう言うことだ?」 眉を上げて、日番谷くんはあたしを責めた。じんわりと胸に伝い、問いつめられた言葉とは裏腹に心配を窺っているのが痛いくらい伝わってきてた。 あたしは、険しい顔をした日番谷くんの優しさに撫でられて、それをやっとの思いで止めていた。 「ここ」と脛を指さして、朝急いでいたために転けてしまったことを告げると、険しかった表情が途端に解れてゆき、しなやかに日番谷くんは微笑む。 「まーた、転んだってのか」 「だって、」 あたしは、口をもごつかせお茶を濁すように取り繕う。 「急いでたんだから、仕方ないじゃないっ」 「そういう問題じゃねェだろ」 日番谷くんがやんわりとあたしに忠告するように告げ、瞬きをした。あたしの足下に、膝を立ててこちらを見上げて、優しく視線で投げかけた。 まだ、動かす度に痛みが迸るので、つま先を伸ばして痣になっている部分を再度確かめようと足を動かそうと体を起こすと、あたしの足に手を添えられそっと下から衣をたくし上げようと、冷たい指先が触れて、どうにかなってしまいそうだった。 動揺が、隠せない。 「ひゃぁ」 うっと口元をまた、抑えてざわざわと触れられた部分から甘い疼き出す感覚を抑え切れずに、あたしは存在する。日番谷くんは、強打して作ってしまったあたしの痣に触れて、どうしようも出来ない憤りをどこに持っていっていいのか、分からないように眉間を寄せて言った。 「俺が分かんねぇところで、お前がこんなになってると思うと、どうしようもなくなる」 淡々と、傷痕をさすりながら言うから、あたしは参ってしまった。そんなこと言ってくれるこの人に、あたしは何を伝えればいいんだろう。嬉しくって仕方ないのに、切なくって甘い疼きが全身をどうにかしそうになって、痣の痛みさえ麻痺するのだと。 「……ごめんね」 陳腐な言葉しか、言い出せない自分が恨めしい。なんで、こんなに想ってくれるのだろうって、疑う余地を与えないくらいに日番谷くんはあたしに近付いてきて、いっぱいにするんだ。 「もう心配させんなよ」 「うん」 「じゃあ、今日は戻るとするか」 「えっ」 折角の非番の日に出かけようと、思っていたのにこんな事で台無しになったことを悔やんでしまった。それを空かさず、苦笑いをして日番谷くんが宥めてくれる。 「莫迦。お前ひとり帰せるか。っとに、そんな顔すんなって」 頭に手の載せると数回、撫でてあたしをあやすように微笑んだ。そんな些細な優しさが、あたしを瞬時に救うのだ。 「ほら」と手を差しのばして、日番谷くんはあたしに背を向けてしゃがみ込んだ。 「どうしたの?」 「負ぶされ。こんな足じゃ歩けねえだろ。つか、その前に俺が歩かせねえーよ」 自分で言ったことに、照れくささを隠しながら日番谷くんは首を竦ませた。 「やだ」 恥ずかしくって、照れくさいのはあたしの方だ。こんな格好いい日番谷くんの傍にこれ以上近付いてしまうと、あたしはどうにかなってしまうと思う。 「なんでだよ」 「だって、……重いもん」 と、あたしが言った後に不意をついて日番谷くんが強引に背中に乗せた。普段見慣れた背中な筈なのに、なんて大きいのだろうって感じた。この背中が何よりも好きだった。いつも見ていた。追いつこうと必死になっていた事もある。近付くために、この背に拒まれたらどうしようと嘆いたこともある。何度、焦がれたか分からない。日番谷くんが確かに在る。 「日番谷くんってば、あたしっ重いんだからね!」 「もう、知ってる」 と、日番谷くんは嫌みを込めてあたしをからかうように、あしらった。 「あーひっどぉい!!」 あたしは拗ねた口調で返すと、日番谷くんは「構わねーよ、そんなもん」と呟きため息を含ませ憂笑みを落とした。 どこへでも行けるような気がして、あたしは揺られる。日番谷くんに包まれながら。 |
今回の花見月は、私の方から強引にちえりさんにお誘いをかけご一緒に参加させて頂きまして、申し訳なかったのですが、本当に楽しかったです。打合せ段階から、色々とお話を詰めさせて貰ってくなかで新たな発見をしたりして。素敵なお題が、ちえりさんお持ちになっているふんわりと優しい感じにピッタリだったので、それに近づけるようにとお話も書かせてもらいました。最後まで、お付き合い下さいまして有り難う御座いました。 まさか憧れのたまいさんとこのような場でご一緒させて頂けるなんて、夢にも思っていなかったので、始終浮かれっ放しでした。本当にありがとうございました!そして絵、ギリギリですみませんでした…。本当は顔を赤くする日番谷くんや、頭撫でられ雛ちゃんに、お姫様抱っこ(わv)とかも描きたかったのですが、今回は私的最大の萌え所、秘密の会話とおんぶ絵を描かせて頂きました。たまいさんの素敵なお話に絵を描かせて頂くのは恐れ多くも、すごく楽しくて仕方ありませんでした。本当にありがとうございました!幸せですv |
drawn:空野ちえり written:たまい |